全うする
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僕は団地で生まれ育った。
だから、この、昭和30年代のはじめ頃から、日本中に増殖した規格モノの建物群の
中に入り込むと、そこが自分とは全く関係のない見知らぬ街でも何か既視感みたいな、
自分がそこに属しているような、不思議な感覚を覚える。
「あれー、この階段は、こんなに狭かったっけ」なんて、子供の頃の感覚とのギャップは
あるにせよ。
ひとつ、違うのが、植物ですね。建設されて何十年かの間に随分と伸びて、それこそ
5階建ての建物と同じくらいの高さに立派に成長した木々があっちにもこっちにも。
うっそうと茂った木陰がそこここにある生活空間ってのは、思いのほか魅力的です。
ただ、40年以上昔の設計の団地の建物が、もはや住宅として機能不足なのは、そこに住んでた
僕はよく知ってます。エレベーターのない5階建ての建物は、来るべき高齢化社会には
何とも役者不足だろう。
だから、団地の立て替えが進んでいるらしいけど、この団地も半分近くがそうやって
再開発されてるけど、うっそうと育った木々も一緒くたに、根こそぎ更地にしちまってさぁ、
それしか方法はないのかなぁ。
実は、死んだ父が団地の開発に関わる仕事をしてたもんで、こういう不平を言うのは
天に唾するようなものなんだけどね。
「平成狸合戦ぽんぽこ」っていう映画があったけど、あれの舞台になった多摩ニュータウンを
父と歩いていて、京王多摩センターから三越の方に伸びる道を、彼が「今思うと、このスペースは、
もっとたくさん山を削って、広くするべきだった」というのを聞いて、「ああ、ぽんぽこに出てくる
悪者の団地開発業者は、あれはあなただったのか」と思ったもんだった。とほほ。
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ワタシ、チョー景気悪い会社に勤めてるんですが、それでもどうにかボーナス出まして、
「ほとんど無いと思っていた方が良いだろう」と予測していたよりかは幾分かは多く、
てなわけでまあ、今日はミノルタのTC−1をひとつ、ゲットしました。やれ嬉しや。
コンパクトなフィルムカメラが欲しいなぁと前から思ってたんですが、定評のある
いくつかの機種(=選択肢はさして多くない)の中から、ワタシが引かれたのはこいつ。
最後まで迷ったのはローライ35なんだけど、TC−1の、このちっこくてメカメカした
レンズまわりの造形に妙にマニア心をくすぐられました。
というわけで、多分、これからしばらく一番出番の多いカメラになりそうな予感あり。
もうひとつ、洋服屋に行って、コットンパンツを一本とシャツをいくつか。
コットンパンツは、エディー・バウアーのものが、シルエットがすっきりしてて好きなんですが、
この春からの減量が功を奏して、いつもよりウエストサイズがひとつ小さいやつを選ぶことが
できた。悪くないね。
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今週は、MJが亡くなった話題でもちきりで。しかしまあ、興味本位の下世話なネタが多いこと。
週刊誌なんて、見出しの文字を見るのも気が滅入る。悪趣味だよ>メディア連中。
ところで。
素人バンドを何十年もやってると、ごくまれに、全くラッキーに、一流ミュージシャンと
言葉をかわしたり、何かの場を一緒に過ごす機会に恵まれます。
徳武“ドクターK”弘文さんは、我々のやってる素人バンドの集まりに毎年やってきては
アマチュア相手にセッションプレイを披露してくれるし、Charさんとは、夜中の3時過ぎまで
横浜のプールバーで玉突き遊びをする栄誉に浴した(ワタシはケチョンケチョンに負け続けた)。
コンテストの審査員でちょっとだけ人となりに触れた今剛氏や、1日2ステージのライブのあと、
疲れているに違いないのに、延々並ぶファンに一人一人サインして丁寧に言葉をかわして、
「ご飯食べにいこーよー」と言う連れのファミリーに「ちょっとまっててくれ、今俺は
この人たちにサインしたいんだ」と言った、ナイル・ロジャース氏にも感銘を受けた。
なぜだろう、長年第一線で活躍する一流ミュージシャンはみんな、とてもフレンドリーで、
周りの人たちをハッピーにする力を持っています。
考えたんだけどね、ミュージシャンってのは、究極的には「この人と演ってると
キモチ良い」かどうかが決め手だから、腕前があることは当然として、その上で、
「良かったな、またこの人と演りたいな」と思わせる人間的な魅力を持ってる人じゃないと、
長くは生き残れないんだな、きっと、と思うに至ったわけです。
この写真は、ワタシのキーボード。「To TEZ」とサインしてくれたのは、
ハービー・ハンコック氏であります。彼がワタシのキーボードを3曲も弾いて、
ここにサインを残してくれたいきさつは、駄文がさらに長くなっちゃうので、はしょりますが、
それはギャラなんて出ない、ライブでもない、ろくな音響システムもない場でありました。
演奏の後、彼は、スピーチで「人間は皆、世の中に対する役割を持っている。私の場合は
たまたま、それが音楽だった。創り出したものは、世の中に届いたときに初めて力を持つ。
だから皆さんも、自分がやりたいと思うことをやるだけでなく、それが世の中でどんな
価値を持つかということを考えてプロとしての仕事をしましょう」と語りました。
これはデザイナーの集まりだったんで、彼は若いデザイナー達に、クリエイターとしての
思いを述べたんですが、ワタシは、ミュージシャンとして以上に、ひとりの人間としての彼に
深い深い尊敬の念を持ちました。トッププロとしてチヤホヤされるような環境にありつつ、
このマインドを維持するには、やはり彼には人間としての底力があるんだろうなと。
MJのことはやっぱ、残念であります。多分、ハンコックさんの持つような、強い人間力を
保つことが無理だったんだろうなぁ。それはきっとトップアスリートのフィジカル能力みたいな
タフな能力なんだろうなぁ。繰り返すけど、だからさぁ、変人扱いしたり、死因がどうだとか
遺産がどうだとか、そういうのはやめようよ。
とまぁ、ベストヒットUSAど真ん中世代としては憤ってるわけです。
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